「う〜、だるいな、マジで。」

何か頭がふらふらする。どうやら風邪を引いたようだ。

「…パパ、だいじょうぶ?」

娘の汐は心配そうに言ってくれた。

「ああ、パパは大丈夫だ。とりあえず幼稚園行くか。」

そんなことは無いのだが…あまり汐には心配かけたくないしな。

「…ぱぱ、きょうにちようび。」
「……じゃあ、幼稚園は無いな。」

汐に突っ込まれるようじゃ駄目だな。
つまりそこまで調子は悪かった。














  遠い世界、近い心














とりあえず汐に風邪がうつるといけないので
早苗さんに電話をし、汐を預かってもらうことにした。
俺が連れて行くことは出来なかったので早苗さんに来てもらうことにした。

「スイマセン、わざわざ来てもらって。」
「いえ、気にしないで下さい。朋也さんは熱があるんですから。」
「じゃあ、汐のことお願いします。」
「いいんですか、一人で。何なら私が看病しますけど…」
「大丈夫です。早苗さんに迷惑かけたくないし。」

というか早苗さんがいるとおっさんが来るかもしれないし…

「それじゃあ、汐のことお願いします。」
「分かりました、じゃあ汐行きましょう。」

そういって早苗さんは玄関に行った。
が、汐は俺のそばに居るままだった。

「…どうしたんですか、汐。」

早苗さんが汐に尋ねた。

「…パパといたい。」

そう答えた。

「でもパパと居ると風邪がうつっちゃうから。」
「それでもパパといたい。」

汐がそう言うならそうしてやりたい。しかし…

「でも、もし汐にパパの風邪が移ったら困るからな。
だから今日は我慢してくれ、汐。
今度の休みにいっぱい遊んでやるから。」
「……うん。」

渋々了承したみたいだ。

「じゃあ私達は行きますから。朋也さん、ちゃんと寝ててくださいよ。」
「分かってます。汐の事、今日一日お願いします。」

そういって早苗さんと汐を見送った。




「ふぅ〜。」

二人を見送った後、敷いてあった布団に入った。
こんなに疲れているのは久しぶりなのかもしれない。

「…それは違うな。」

疲れを感じることも出来なかったといったほうがいいのかもしれない。

「こんなにゆったりした時間を最後に過ごしたのはいつだっただろう。」

そんなことを考えながら目を閉じた。




渚の死後から心身共に休めたことは無かった。
渚の死を受け入れたくなかった俺は
仕事を没頭し続けることでその事実を忘れようとしていた。
汐と本当の家族になってからは5年間の隙間を埋めるため、
必死になって汐との絆を深めていた。
そして汐が渚と同じ原因不明の熱にかかってからは
汐のために仕事もやめ、自分の体調よりも汐の体調を最優先して看病をした。
その結果、汐はその熱を克服した。
その時に数年間の疲れがどっと出て来たのかも知れない。
折角だからゆっくり休ませてもらうか。
そう思いながら深い眠りについた。




「…ここは。」

目を開けるとそこは光に包まれた場所だった。

「ここは夢の中か。」

それにしても悲しい気分になる所だな。正直あまり居たくは無い。

「―――や――」

不意に誰かの声が聞こえた気がした。

「・・・気のせいか・・・」
「―――やくん。」

いや、気のせいではなかった。間違いなくあいつの声だ。

「もしかして・・・渚か!?」

思わずそう叫んだ。

「そうです。お久しぶりです、朋也くん。」
「・・・ホントに久しぶりだな。」

渚の声を聞いて俺は嬉しかった。もう2度と聞くことは無いと思っていたから。

「でも、声だけじゃなくて姿も見れりゃなお良かったんだがな。」

俺の目の前には光しか見えなくて渚の姿は見えない。

「すいません、それは出来ないんですよ。」
「そうか・・・それは残念だな。」

本当に残念だ。

「朋也くん、疲れた顔してます」
「お前には俺の顔が見えるのか?」
「はい、声も姿も見えます」
「俺は渚の姿見えないけどな」
「しょうがないことなんです」

そう言った渚の声は何故か悲しそうだった。

「私と朋也くんとでは、いる世界は違うんですから」
「そうだな・・・」

その言葉は俺と渚が遠い存在であることを示していた。

「そういえば…しおちゃんは元気ですか?」
「ああ、元気だぞ。
ちょっと前までは良くなかったが、今は無事に元気になったぞ」
「よかったです、しおちゃん元気になって・・・」



「そろそろお別れです、朋也くん」
「もうなのか? もう少しだけ話せないのか」
「もう時間ですから」
「・・・分かった。・・・またな渚」

納得は出来ないがそう答えた。

「…朋也くん、最後にいいですか。」
「何だ?」
「しおちゃんの事、よろしくお願いします。」

見えないがそういって頭を下げた気がした。

「ああ、任せとけ。汐を絶対幸せにする。」
「約束ですよ、朋也くん。」
「ああ、約束する。」
「じゃあさよならです、朋也くん。」
「あ…待ってくれ、渚。」
「大丈夫です、朋也くんは一人じゃないですから。」

その言葉を言いながら渚の気配は無くなっていった。

「朋也くんは、って…それじゃあまるで
お前は一人ぼっちみたいじゃないかよ。」

そう思えると涙が出てきそうだった。
でも、そんな顔をしたら渚に心配されるな。今の気持ちはまたいつか言おう。

「またな…渚。」

涙をこらえながらそういった。




「…う〜ん。」

どうやら結構な時間寝ていたみたいだ。

「やっぱ夢だったか。」

分かっていたんだがな…
それでもやはり本当に渚に会えたらとは思ってしまう。
そう思いながら、ふと時計を見ると5時を回っていた。
熱も下がってきて体調も良くなってきたようだ。

「ん〜〜。もう少し寝てるか。」

どうせやることもないし…

ピンポーンピンポーン

ん、誰だこんな日曜日に…
風子か?でも今日は汐は居ないぞ。

ピンポーンピンポーン

「はいはい、今出ますよ。」

そしてドアを開けると…

「……汐か?」

何故か汐がいた。
確か早苗さんと古河家に行ったんじゃなかったのか。
そのとき電話が鳴り出した。それを取りに行った。

「もしもし、岡崎です。」
『朋也さんですか?』

その声の主は早苗さんだった。

「そうですけど…何か用事っすか。」
『実は…汐がお昼寝してたら居なくなってしまって。
朋也さんには迷惑を掛けたくなくて電話はしなかったんですけど、
夕方になっても見つからなかったので…』
「そんなに気を使わなくてもいいんすけど…
あと、汐なら家に居ます。」
『え、そうなんですか?』

驚いた(ような)口調で言った。

「はい、だから心配しないで下さい。」
『はい。では汐は朋也さんに返していいですか。』
「そうですね、早苗さんに来てもらうのもあれだし…
それに熱も下がって体調も良くなってきましたから。」
『分かりました。でも無理はしないで下さいよ。』
「分かってます、では。」

そういって電話を切った。




電話を切ってとりあえず帰ってきた汐を見た。

「汐、早苗さんお前が居なくなったって心配してたぞ。
今度会ったらちゃんと謝っておけよ。」
「うん。」

汐は素直に頷いた。

「やっぱりパパといたかった。」

唐突に汐は言った。多分ここに来た理由だろう。

「そうか…」
「あと、あるひとにいわれた。」
「ある人? 早苗さんか?」
「ううん、みたことないひと。でもしってるひと。」
「何処であったんだ、その人と。」
「よくわかんないところで。」
「…なんて言ってたんだ、その人は。」
「パパさみしがいやだからそばにいてあげてくださいって。」

もしかするとその言った人は…

「あと、わたしはいつもみまもっていますっていってた。」
「そうか…それは多分、渚…汐のママだよ。」
「ママ?」
「ああ、その人汐の事何て呼んでた?」
「…たしかしおちゃんってよんでた。」
「お前をそんな呼び方するのは渚以外いない。」

俺はそう断言した。

「でも…」

なんだか汐の表情は寂しそうだった。

「ママのかお、とってもかなしそうだった。」
「……」

俺も見えなかったが悲しそうなかんじだった。

「何でママはあんなにかなしそうなかおしてたの。」
「それはだな…」

その先をいうのは今で辛い。でも言うことにした。

「渚はもう俺達と違うところに居るから一緒にいれないんだ。
俺と汐とかといれなくてきっと一人で居るんだと思う。
だから悲しかったんだと思う。」

そういった俺も悲しかった。泣きたかった。
渚が遠いところで一人で居るところが思い浮かんで。
さっき見た夢での渚の雰囲気を思い出して。
しかし、汐の手前泣くことは出来なかった。だから堪えた。



「パパそれちがう。」

不意にそういった。

「ママひとりじゃないよ。
いつもパパとうしおをみてるから。
だからいつもいっしょにいる。」

その言葉に俺の胸が締め付けられた。
何言ってたんだろう俺は…
そう思ったら涙が出てしまった。

「…パパ、どうしたの? かなしいことでもあったの。」
「いや、違うぞ。嬉しいことがあったんだよ。
そうだよな、汐の言うとおりだな。渚はいつも一緒に居るよな。」
「うん、ずっといっしょ。パパもママも。」

そういっている汐の顔は嬉しそうだった。

(まさか汐に教わるとはな…)

「じゃあ、夕飯作るから待ってろよ。」
「うん。」

そして俺は台所に行った。




「だんご、だんご…」

汐が歌を歌って待っている。渚も好きだった歌を、
汐と渚が親子といえる唯一にして最大の共通点。


その時、不意に渚も歌っている気がした。
もちろん、渚はもういなくのだから、気のせいに決まっている。
でも、それは確かに聞こえた。俺の心の中で。

「…ママのこえがきこえた。」

汐がそういっているのが聞こえた。
俺だけでなく汐にも渚の声が届いたようだった。


それは渚が汐を見守っている証であり
渚が一人ぼっちでない証でもあった。


そう思ったらまた頬に涙が伝っていた。

「…渚、お前は一人じゃないからな。
俺や汐、それに他のやつもいつも一緒に居る。
そのことを忘れるなよ。」

誰に言うのでもなくそう呟いた。




「やっぱり朋也くんはどんなことあっても
私の大好きな朋也くんのままだったんですね。」




今も恐らく近くで見守っているであろう渚に言いたかった。

「…俺にも姿を見せてくれれば良いのにな。」

夕飯を作りながら聞こえてきたであろう声に答えた。














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TK「初めて作ったシリアスものです。
  これはシリアスといえるのか?
  多分この親子ならどんなに離れても
  心はいつも一緒であるとおもい作りました。
  さすがにいつものノリで後書き書けませんよ。
  どうしても最後がうまくいきませんでした。
  そこのところはご勘弁を。
  感想、意見等待ってます。」






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