たった一本の贈り物
その日は朋也くんのお仕事がお休みの5月の日曜日でした。
今日はお父さんとお母さんに会う約束をしている日でした。
朝ご飯を3人で食べた後、私の実家である古河パンに向かうことにしました。
「ふわああぁぁ〜〜」
朋也くんが隣で大きなあくびをしていました。
「朋也くん、そんな大きなあくびをすると、あごが外れちゃいますよ」
「ん〜、今週は仕事が忙しかったからな。
まだ疲れが残ってるのかもしれないな」
といいながら再び大きくあくびをしていた。
そんな朋也くんの姿を見て少し笑っていた。
ふと気付くと、先ほどからしおちゃんがあまり話していないことに気付きました。
考え事か何かをしながら歩いているみたいでした。
「・・・しおちゃん?」
「・・・どうしたの、ママ?」
私が呼んでから少し間が空いて返事をしてくれました。
「もしかして何か悩み事ですか?」
しおちゃんは首を横に振りながら、
「ううん、なんでもない」
「そうですか・・・」
しおちゃんは意外に頑固ですので、一回言わないと決めますと、
絶対に言わないですからね・・・
でも、そういうところは何だか私に似ています。
ここは聞くことは諦めることにしましょう。
しばらく歩くと私の実家、古河パンに着きました。
「な、渚じゃないか・・・!」
いつも通り、お父さんが店の前で待っていました。
「ついにあのボロアパートの生活が嫌になってこっちに戻ってきたんだな」
「渚、おかえりなさい」
お母さんがお店の中から出てきました。
「ただいまです。今日は朋也くんがお休みだったので、
しおちゃんも連れて一緒に遊びに来ました」
「そうでしたね。渚、ゆっくりしていきなさいね。
朋也さんと汐もゆっくりしていってください」
「汐、そろそろ俺の子供にならないか?」
お父さんが突拍子もないことを言ってます。
「パパのこどもがいい」
「お前のパパは甲斐性なしなんだぞ?」
「そんなことありません」
「それでもいい」
「それでもとか言うなよ!?」
相当ショックを受けている朋也くん。
「それじゃ小僧、今回は野球で対決だ!
俺様の100マイルを超える剛球で三振に仕留めてやるよ」
「今回も、の間違いだろ・・つーかんなもん投げれるんならメジャーにでも行け」
そういいながら朋也くんはお父さんについていってます。
「悪いが今回も勝たせてもらうからな・・・」
「ふんっ、この秋生様が本気を出せば
小僧なんて足元にも及ばないというところを見せてやろう」
「そいつは楽しみだな・・・今回こそはおっさんの本気が見られるんだな。
そろそろ本気じゃない本気も飽きてきたところだからな・・・」
「はっ、減らず口を利いていられるのも今のうちだぞ」
二人ともとっても楽しそうです。
そんな姿にちょっぴりですが、嫉妬してしまいます。
「・・・あれ?」
と、気付いたらお母さんとしおちゃんが居ないことに気付きました。
店の奥のほうから二人の声が聞こえてきました。
でも、小声で話していてよく聞こえません。
「お母さん、しおちゃん、何を話しているんですか?」
私が近くに行くと、二人とも会話をやめてしまいました。
「何でもありませんよ〜」
物凄く怪しいです、お母さん。
「ホントですか?」
「ホントですよ〜、そういえば秋生さんと朋也さんは?」
「お父さん達ですか? 外で野球やってますけど・・・」
「それでは、二人の様子を見に行きましょうか、汐」
「うん」
お母さんとしおちゃんは外に出てしまいました。
何を話していたのでしょうか?物凄く気になります。
「くっ、まさか俺様の剛球を当てることが出来るとはな・・・」
「おっさんこそ・・・どうやら最初の発言は嘘じゃなかったみたいだな・・・」
外に出ますと、二人の勝負が緊迫していました。
朋也くん・・・かっこいいです。
「朋也くん、頑張ってください!」
私の応援に親指を立てて答えてくれました。
「パパ、がんばれ」
しおちゃんの応援にも私と同じことをしてくれてました。
「フッ、これで俺は百人力だ。
おっさんなんて目じゃないぜ」
「はっ、その応援してくれる2人の前で敗北という名の早苗パンを
必ず食わせてやるから覚悟しろよ!」
「私のパンは負けしかないんですね―――っ!!!」
「俺にはいつも不戦勝で勝ってるぞ―――っ!!!」
よくある光景でお父さん達が駆けて行ってしまいました。
朋也くんは私たちが居る店の前に来て、
「・・・今日の決着は何時つくんだろうな・・・
つーかおっさんも学習能力が無さすぎだろ」
まあ、そういうところもおっさんらしいけどな。
と小さく呟きました。
1時間後、お母さんが帰ってきて、その直後お父さんも帰ってきました。
朋也くんとの勝負はお父さんのスタミナ切れによって朋也くんが勝利を収めました。
その後、私とお母さんは夕食の準備をしていました。
「お母さん、さっきしおちゃんとは何を話してたんですか?」
「それはすぐに分かりますから、気にしなくていいですよ」
微笑みながら答えるお母さん。
気になりますが、すぐに分かるといわれてしまいましたので、
それまで聞かないことにしましょう。
「それではいただきましょう」
「「「いただきま〜す」」」
私とお母さんが作った夕食を5人で食べています。
「渚の作った料理はいつ食べても美味しいな〜」
「おいしい」
「当たり前だ、俺様の娘だからな」
「早苗さんの作った料理も美味しいな〜」
「当たり前だろ、何たって俺様の早苗だからな」
「おいしい」
「・・・早苗さんの作ったパンも美味しいな〜」
「いや、絶対にないからな」
「私のパンは全否定されるんですね―――っ!!!」
「出来れば1日2回のマラソンはやめてくれ―――っ!!!」
お父さん達は夜の中、再び走り去ってしまいました。
ちなみにお母さんのパンの時だけ、しおちゃんは無言でした。
「朋也くん・・・今のはワザとでしたね?」
「・・・バレたか」
「はい、朋也くんは分かりやすいですから」
正確には朋也くんのことは分かってしまう。なのですが、
ここは黙っておきましょう。
「それは嬉しいんだか悲しいんだか・・・」
そんな私たちを見ながら、しおちゃんはノンビリと食べていました。
「美味しいですか?」
「うん、ママとさなえさんのりょうり、おいしい」
「まだあるから一杯食べましょうね」
「うん」
今回はお父さん達はすぐに帰ってきました。
「ふぅ〜・・・さすがの俺様も2回目は辛いぜ」
「早苗さんは・・・疲れてないんですね」
「はい、大丈夫ですよ」
お母さんは全然疲れているように見えません。
お母さんの体力はすごいです。
夕ご飯も食べ終わり、片付けも終わりましたので、家に帰ることにしました。
朋也くんと私はお仕事がありますし、しおちゃんも幼稚園がありますので。
「それでは今日はします」
「おう、またいつでも来いよ。
ここはお前の家だからな」
まだしおちゃんが家の中にいるみたいです。
「しおちゃ〜ん、今日は帰りますよ〜」
呼んで出てきたのは、しおちゃんではなくお母さんでした。
「お母さん、しおちゃんは?」
お母さんは何故かニコニコしながら、
「もうすぐ来ますので待ってましょう」
お母さんは何を笑っているのでしょうか?
トトトトトッ
奥からしおちゃんが走ってくる音が聞こえてきました。
ひょっこり顔を出したその右手には一本のカーネーションが持たれていました。
私の前に来て、そのカーネーションを差し出してくれました。
私は唖然としていました。
「渚、今日は何の日か分かりますか?」
「えっ、今日ですか・・・」
お母さんの問いを考えます。
私の誕生日はクリスマスイブですし、何かの記念日でしょうか?
・・・あっ、もしかして・・・
「母の日・・・ですか?」
お母さんは頷いていました。
しおちゃんはどこでそれを知ったのでしょうか?
それはすぐにしおちゃんの口から知りました。
「きょうせんせいがいってた。
こんどのにちようびは『ははのひ』でママになにかプレゼントしましょうって」
「それで汐にこのことを相談されていたんですよ」
昼間のお母さんとの会話はこのことだったんですね。
嬉しくて涙が出そうです。
「ママ」
「しおちゃん、ありがとうございます」
しおちゃんからカーネーションを受け取った瞬間、
「・・・ママ、いつもありがとう」
その言葉に一筋だけ涙が流れてしまいました。
「ママ、なんでなみだながしてるの?」
「これはね・・・嬉しすぎるからですよ」
しおちゃんを抱きしめました。
「ママよろこんでくれてうれしい」
ちょっとだけ泣き虫の私に戻ってしまいそうになってしまった瞬間でした。
その帰り道、
疲れてしまったのか、しおちゃんは朋也くんの背中で寝ていました。
「よかったな、渚」
「はい」
思い出すと、また嬉しさがこみ上げてきます。
「朋也くんも来月貰えるといいですね」
「そうだな」
その声はとても欲しそうな声でした。
「来年はお母さんにこのお返しをしないといけませんね。
お父さんにも来月何か贈るものを用意しましょう」
「俺も父さんに何か贈ってやるか・・・
それで渚、それはどうするんだ?」
私が右手で持っているカーネーションを見ながら聞いてきました。
「おそらく長くは持たないと思いますけど、それまで飾っておきます」
「それがいいと思うぞというかそれしかないだろ?」
「そうですね」
二人して笑っていた。
「でも、一つだけ困ってます」
「何だ?」
しおちゃんの寝顔を見ながら、
「たとえしおれてしまっても捨てることは出来ないことです」
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