「朋也くん、どうぞ」
昼休み、いつも通り椋から弁当を受けとる。
「毎日毎日わざわざ作ってもらって悪いな」
「ううん、私が好きで作ってるんだから朋也くんは気にしなくていいんだよ。
綺麗に食べてくれるだけで嬉しいから・・・」
「俺は美味いものならどれだけでも食べるぞ」
そういいながら弁当箱のふたを開ける。
予想通り、冷めても美味しそうなおかずが出てきた。
「それを聞くと、不味かったら食べないって言ってるような気がするんですけど・・・」
「言い方が悪かった。食べ物だったら食べるぞ」
「朋也くん、それは酷すぎますよ・・・」
「・・・俺が言い過ぎた、だから落ち込むな」
あまりおいたが過ぎると、どこからか俺の命を狙うスナイパーが狙撃してくるかわからないからな。
「しかし、改めて言うのもなんだが初めて椋の手料理を見たときには想像できなかった弁当だな」
最近ようやく美味いといえる椋手作りの弁当を食べれるようになった。
以前までは毎日が戦いであった。
おかげで意味も無く胃薬について詳しくなったものだ。
まあ、今後役に立つとは思えんが・・・
「だ、だからその話はもういいです〜。
そ、それよりももっと食べてください」
「んなこと言われなくても食べるぞ」
と言いながら一つおかずをつまみ、口に運ぶ。
「ど、どうですか?」
「ん、美味しいぞ。正直、ここまで料理の腕が上がるなんて想像できなかったぞ」
「それと同じようなこと、この前お姉ちゃんにも言われました・・・」
「お前のお姉様は椋のことを良く知っているな」
というよりはあの料理を目撃した人にとってはそう思ってもしょうがない。
「まあ今はこうして出来るようになったんだ。今となっちゃあ、そんな事もいい思い出だな」
死に掛けたこともいい思い出か?と聞かれたら少し悩むところであるが、
この椋の料理を堪能するための試練だったと思えばいい。
「このカツも美味いな。
それに卵焼きも絶妙な甘さだしな。
殻入りの塩辛い卵焼きを食べさせられた身としては感涙ものだ」
「と、朋也くん。もう言わないでよ・・・」
少し涙目になっていたのでさすがに止めておくことにした。
「朋也くんに私の料理を美味しいって言ってもらえるように頑張ったんです」
「・・・お前、恥ずかしい事いってるからな」
言った本人の顔は真っ赤に染まっていた。
「その目標はとりあえず達成できたな」
その日の椋の弁当も完食していた。
昼食後、職員室に用事がある椋と別れ、俺は教室に戻っていた。
3年の廊下を歩いていると、前から杏が歩いているのを見つけた。
若干だがやつれているように見えるのは俺の気のせいか・・・?
「椋と一緒じゃなかったの?」
「さっきまでは一緒に弁当を食べてたぞ」
以前はこいつも一緒だったのだが、「馬に蹴られたくないから」と言って一緒には食べなくなっていた。
「何か職員室に用事があるって言ったから先に教室に戻ることにしたんだよ」
「一緒には行かなかったの?」
「職員室は出来れば近づきたくないんだよ」
「好んで近づく人はなかなか居ないわよ。
まあ、あんたと陽平は特にだろうけど」
「それは言うな・・・」
最近はそれなりには真面目に授業に出ている――受けているとは言えない――ので、
そんな注意を受けるわけでもないが、過去を考えるとやはり近づきたくもない。
「お前はどっか行くところか?」
「あたしも職員室に用事よ」
「ついに轢き逃げでもバレ・・・何でもありません」
少し本音が漏れてしまい、危うく空の住人になるところだった。
「そういえば、お前何か少しだがやつれたか?」
「せめて痩せたと言ってほしいわね」
いや、残念ながらそれを痩せたと表現することは出来ない。
「何か悩み事とかでもあるのか?」
「・・・・・・・・・」
『お姉ちゃん、これ味見して欲しいんだけど・・・』
『嫌よ』
『お姉ちゃん、私の作ったもの見ないで答えないでよ。しかも即答で』
『見なくてもこれまでの経験で分かるわよ。
それを食べるのは危険に決まってるわ。朋也にでもど・・・味見してもらいなさいよ』
『朋也くんには少しでも美味しいものを食べさせたいの』
『以前は気にしないで食べさせてたじゃない?
それだとあたしだったら気にしないって聞こえるんだけど?』
『・・・・・・とにかく、お姉ちゃん食べてよ〜』
『(その間が気になるわね・・・)とにかく嫌よ。
あんたのせいであたしが何回死にそうになってると思うのよ?』
『・・・・・・』
『・・・椋、何でキョロキョロしてるのよ?』
『お姉ちゃんが食べてくれないから、代わりに食べてもらおうと思って探してるんです』
『!!? わ、分かったわよ! 食べてあげるから――』
『ありがとうお姉ちゃん』
『・・・あんた性格変わったわね』
『そんなことないと思うよ? それより早く食べてよ』
『・・・・・・こ、これはさすがに食べなくても駄目だと思うわ』
『何処に行ったのかな〜、ボ――』
『わ、分かったわよ・・・あたしが食べればいいんでしょ、食べれば!』
何故か、杏は黙り込んでいた。
「お〜い、杏?」
「・・・・・・」
「杏?」
「・・・! な、何よ!?」
何故か慌てて俺の言葉に反応した。
「だってな、いきなり黙って苦悶の表情されたら誰だって不思議がるぞ」
「そ、そんなことないわよ! それより朋也!」
「な、何だ?」
勢いに押され思わず怯んでしまった。
「あんた、椋のこと絶対に大切にしなさいよ!」
「んなこと言われなくても分かってるって・・・」
「もし椋を酷い目に遭わせたら、あたしのこれまでの苦しみを与えてあげるわ」
「はっ? 意味わかんねぇよ!? 全然繋がってないだろ」
「返事は・・・?」
「わ、分かった・・・」
どう考えても理不尽なのだが、ここは頷いておかないと死ぬような気がした。
それくらいの殺気を杏からは感じた。
「あっ、朋也くん」
そこに職員室に行っていた椋が追いついてきた。
椋を見て思い出したのか、
「あたし職員室に行く途中だったわ。ってあんたと話してたら少ししかないじゃない!それじゃあね」
そういって杏は職員室に向かっていった。
椋とすれ違った時に何かを言ったみたいだった。
こっちに来た時の椋の顔がほんのりと赤かったことから冷やかされでもしたのだろう。
「朋也くん、お姉ちゃんと何話してたんですか?」
「ああ、何か体調が悪そうだなって話してたら、椋を大切にしろっていわれただけだな」
まあ、途中で何故か苦悶の表情をしていたことは言う必要はないな。
「そうだったんだ・・・朋也くん」
「何だ?」
「私のこと・・・大切にしてくれますよね?」
「当たり前だろ」
間髪をいれずに答えた。
杏に言われたからではない。ずっとそう思っているからな。
その言葉を聞いた瞬間の椋の笑顔は忘れることの出来ないものだろう。
と、椋に聞きたいことをひとつ思い出した。
「そういえば、杏が何か調子悪そうな顔してたんだが椋は何か心当たりあるか?」
「私は特には知らないですよ」
「・・・まあ、椋が分からないなら確実に気のせいだな」
俺はそういってこの話は止めることにした。
何故ならその言葉を発する椋は別の意味で忘れることが出来ない笑顔だったからだ。
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