俺は朝からとんでもないものを見てしまった。
いや、俺だけじゃない。クラスメイト全員見ているに違いない。
だが、あえて見なかったことにしているのだろうか?
誰もそのことに触れようとはしていない。

「岡崎、おはよう」
「・・・・・・」
「ど、どうしたんだよ?」
「お前こそどうしたんだ? 何かの儀式か?」
「いや〜、実は―――」

春原が簡単に説明する。

「・・・!全員春原から離れろ、死ぬぞ!!!」
「僕が風邪をひいただけでそんな大事っすか!?
って皆何気に離れないで下さいよね!」

そりゃあ、大事だろ。何たって―――











鬼の霍乱











「―――というわけだからな」
「ってそれじゃあ誰も分かりませんからね!?」
「気にするな。必要なのはお前が風邪だって事実が分かれば後はどうでもいいんだよ。そんなことよりも・・・」

俺はひとつの疑問を持っていた。

「馬鹿は風邪を引かないはずなのだが・・・」
「ふっふっふ、これで僕が馬鹿じゃないってことが証明されたよ・・・くっしょん!」

風邪気味なはずなのに何故か元気な春原。
過去は馬鹿だったということを自ら証明しているぞ。

「唾飛ばすな、俺の服が溶けるだろ」
「そんなわけないですよね!? ってさらにクラスの人が離れている気がするんですけど・・・」

そりゃあ、誰も死にたくはないからな。
最後の良心でそれは言わないでおく。

「つーか、調子悪いなら学校休めよ。
こんな時だけ遅刻しないで来るなよ・・・」
「いや〜、この調子の悪さを一刻も早く皆に見せたくて」

お前、やっぱり馬鹿だと思うぞ。
クラスにいる全員がそういう感想を持ったと思う。
が、誰もそれは言わなかった。それを言うのはあまりに可哀そうだからだろう。





HRの時間が始まり、担任の乾の最初の発言が、

「もし今日世界が終わる可能性があるとしても、決して悔やむんじゃないぞ」

というありがたいお言葉だった。
春原の抗議があったものの、誰もが乾の言葉に同意していたため、その抗議はスルーされた。


一時限目が終わった直後、隣のクラスからの来訪者がやってきた。

「陽平が風邪引いてるって聞いたけどホントなの?」

うちのクラス委員長、藤林椋の双子の姉、藤林杏だった。
椋とは色々と真反対、善と悪といっても過言で―――

「それでどっちが悪なのかしら?」
「地の文に突っ込みを入れるなぶっ!」

顔面にノートが命中した。辞書で無いだけマシだな。

「それで話戻すけど、あのヘタレが風邪ってホント?」
「何でお前知ってんだ?」

普通に考えると、一応一学生であるあいつの風邪のことを隣のクラスの奴が知ってることはおかしい。
痛む頬を押さえながら考えていた。

「もう学校中の噂よ。職員室でも物凄い話題になってるし、
一部じゃ天変地異の前触れとか祟りの一種だとかの噂も流れてるくらいよ」

俺は春原の肩をたたきながら、

「良かったな春原。今日の我が学校はお前のことで持ちきりだぞ」
「ちっとも嬉しくないっすね!」

そりゃあそうだ。ちょっと体調崩しただけでこの言われ様だ。
インフルエンザとかになった日にはどんなことになるのやら・・・
多少だが興味はあるな。

「でも、夏風邪を引くなんてあんたも馬鹿ね」
「どういうことっすか?」
「『夏風邪は馬鹿がひく』って言わない?」
「・・・確かに言われてみればそうだな」

俺と杏の目は哀れみの目であった。

「そんな哀れみの目で見なくてもいいですよね!?」
「だって・・・」
「な・・・」
「そうですよ、お姉ちゃん達。春原くんがかわいそうですよ!」

そんな俺たちの姿に言いたいことがあったらしく、同じクラスの椋がやってきた。
もしかして藤林は春原の味方をするつもりなのか?
さすが善の妹だな。

「やっと春原君も馬鹿になれたんですから・・・」
「ちょっとどころかもの凄いツッコミどころ満載の発言ですよね!?」
「やっと人になれたのに・・・」
「僕って委員長に人外に見られてたの!?」

・・・さっきの発言訂正したいな。
藤林は善じゃないな。

「そうだったわね、哀れみじゃなくて祝福してあげないといけなかったのね。
ついに陽平も人、ううん生き物への第一歩を歩みだしたんだしね」

杏の言葉にクラス中から拍手喝采だ。
中には涙を流している奴もいる。
よかったな春原。お前のことを思ってくれるやつがこのクラスにはこんなにもいるんだぞ。
俺も感動のあまり、涙が出てくるぞ。

「そんなことで感動されても全く嬉しくないんですけどね!?」

地の文に突っ込みを入れるのはどうかと思う。

「大体涙流してるってどうみても笑い過ぎで流しているように見えるんですけどね」
「・・・・・・気のせいだ」

次の授業、数人が過呼吸症候群で保健室に行っていた。




あっという間に放課後になった。
朝方あれだけ話題だった春原のことも既に過去のこととなっている。
今日はさすがに春原の部屋には行きたくないな。
風邪をうつされてはかなわないからな。

「治ってなかったら明日は休めよ・・・」
「僕のこと、心配してくれるの?」
「いや、地球を救うためだ」
「どういうことですかね!?」

そんなにその理由を聞きたいのか、こいつは。

「まあ・・・気にするな」
「物凄く気になりますからね!?」
「とにかく、さっさと家に帰って薬でも飲んで寝ろ」
「それってやっぱり僕のこと心配してくれてるんですね・・・」

春原はよくわからないが嬉しがっていた。
俺はいいことをしたんだな。

「お前風邪ひいたことなさそうだから、風邪の治し方を知らないと思ってな」
「あんたほんとに酷すぎっすね!?」
「ちなみに喉にネギを巻くと早く治るらしいぞ」
「そうなの!? さっそく寮に帰ったら美佐枝さんにネギを貰わないと―――」

信じてるよ!? こいつ。
まあ春原だし、ひょっとするとそれで治ってしまうかもしれない・・・
と何気に酷いことを考えた。

「岡崎の助言で、明日までには元気になって見せるよ!」

親指を立てながら言った後、猛ダッシュで帰っていった。

「・・・・・・確かあいつって風邪なんだよな?」

小さくなっていく背中に向かい、思わず本音を呟いていた。






次の日、俺の予想通り、春原の風邪は完治していた。
その代わり、10人くらい欠席が増えた理由は考えるまでも無いだろう。
あいつの風邪をもらうなんて気の毒すぎるなと思いながら、また一日が過ぎていく。











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