「音姫いる?」
放課後、生徒会室に入ると音姫の名前を呼んだ。
が、音姫の返事は無かった。
そもそも、生徒会室は無人だった。
「…どうやらまだいないみたいね」
教室にいないから、先に行っているかと思ったけど…
と机を見ると、ひとつカバンが置いてあった。
おそらくは音姫のカバンだし、少ししたら戻ってくるでしょう。
「仕方ないわね、書類の整理でもしながら待ちましょ」
机の上に溜まっている書類を整理しながら音姫を待つことにした。
しばらくして、音姫がやってきた。
「まゆき、待たせてごめんね」
そういいながら、さっさといつもの席に座った。
「別にいいわよ。それよりもうすぐ卒業式だし、
その準備で忙しくなってるから頑張りましょ!」
「…うん、そうだね」
音姫の声が一瞬だけ、沈んだように聞こえた。
「…音姫、大丈夫?
何だか調子悪そうだけど」
「ううん、大丈夫よ」
そういって、音姫は書類を目を通し始めた。
「ま、音姫がそういうならいいけど…」
気にはなるけど、忙しいこの時期にそんなことを気にしている場合でもない。
あたしも整理した書類を処理することにした。
「……ん?」
気づいたときにはすでに夕日が生徒会室に差し込んでいた。
作業に集中していたから気づかなかった。
最近のあたしにしては珍しい。
今日はあまり生徒会室に来る生徒も少なかったので余計に集中できたのかもしれない。
「音姫、そろそろ帰るわよ」
しかし、返答は無かった。
音姫は書類を持ちながら、顔は窓の外に向いていて、ボーっと眺めていた。
「……」
その表情はどこか辛そうだった。
「音姫、聞こえてるの?」
「…まゆき?」
どうやら気づいたみたいだ。
「何かボーっとしてたみたいだけど、どうしたのよ?」
「ちょっとね…でも、まゆきは気にしなくていいよ」
音姫の表情は無理やり作ったような笑顔で答えた。
最近の音姫はずっとこんな調子だった。
以前に比べて、仕事のスピードも格段に落ちていた。
あたしも気になって何度も原因を訊いてはみたけど、結局、明確な理由は聞けずじまい。
「弟くんのことだから、まゆきに言ってもしょうがないし…」
何か音姫が呟いた気がするが、聞き取れなかった。
「音姫、何か言った?」
「遅いし、早く帰りましょうって言ったの」
「…分かったわ」
別のことを言ってたような気がするけど、今回は追求することをしなかった。
「それじゃ、また明日ね。
ボーっと歩かないように気をつけなさいよ」
「大丈夫だよ」
そういいながら、音姫は歩いていった。
「……」
音姫の調子がよくないのは明らかだ。
帰宅する後姿を見てもそうだし、生徒会の仕事を考えてもそうだと言える。
ただ、もうひとつ疑問に思っていることがある。
それはあたし自身のことだ。
理由は分からない。
でも、最近喪失感を感じている事実がある。
例えば、生徒会の宿敵ともいえる杉並を相手にしているとき。
杉並のクラスには親友の板橋渉、クラスメイトの雪村杏と要注意人物がいる。
でも、誰か一人足りない気がする。
それが誰かはまったく分からない。
音姫と話しているときもそうだ。
以前は音姫だけじゃなくて、もう一人誰かがいた気がする。
昨日、音姫にそのことを訊いてみたら、
複雑な表情をしながら、
『……まゆき、疲れてるんじゃない?』
と言われてしまった。
結局、このもやもやとした疑問は分からずじまいである。
もしかして、あたしには恋人がいて、その人を忘れているとか?
「……奈に考えてるんだか」
もしかして、音姫の言うとおり疲れが溜まってるのかもしれない。
だから、こんな普段じゃ考えられない疑問を考えるのかもしれない。
「今日は早く寝て、明日に備えるとしますか」
一人そう呟きながら歩いた。
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