再会のため、必然の終わり











他の皆は既につぐみ寮を後にしている。
残っているのは俺と宮の2人だけだった。
そんでもって宮はつぐみ寮をジッと見つめていた。

今日はつぐみ寮を退寮する日、
すなわちつぐみ寮が寮としての役割を終える日であった。

「・・・」

俺もそんな宮の隣に立ち黙っている。

「先輩」

宮が俺に声を掛ける。俺が宮のほうを見ると、その目はまだつぐみ寮を見ていた。
俺もここは黙っていることにした。

「先輩」

再び宮が呼ぶ。今度も黙って聞こえない振りをした。
あっ、ちょっとふてくされ始めた。

「先輩、聞いてるんですか?」
「ん? 一応な」

3度目の呼びかけには反応してみた。

「一応って何ですか! 先輩は私の話をちゃんと聞いてくださいよ!」
「ん〜、怒る宮も可愛いな〜と思ってな」
「せ、先輩はそういうことを言わないでください!」

そんな嬉しそうな顔をして言われても何も思わないぞ。

「それで何で呼んだんだ?」
「何となく呼びたかったんです」
「・・・・・・」
「って無言で押さえつけないでください!縮んじゃいます!」
「お前なんて縮んでしまえ!」

容赦なく宮を押さえつける。

「や、やめてくださいよ〜」

しばらくやったあと、押さえつけることを止めた。
宮は頭を抑えながら、

「うううっ・・・もしこれ以上背が伸びなくなったら先輩のせいですからね」

いや、それは俺のせいではないと思うぞ。・・・多分だけどな。

「まあ、俺は宮の背が伸びなくても全然気にしないぞ」
「私が気にするんです!」
「・・・もうすぐ暫しのお別れになるってのに俺たちなにやってるんだろうな」
「そうですよ、普通は感動のお別れとかをするところですよ」
「そんなしんみりした雰囲気は俺たちには合わないって」

とりあえず誤魔化そうとした。

「先輩の言動で全部台無しですよ」

そういうと再びつぐみ寮を見つめていた。

「先輩、ここであったこと、私絶対に忘れません」

目を瞑りながら様々な出来事を思い出しているのだろう。俺はしばらくそんな宮を見ていた。
時間にして多分ほんの数秒だったと思う。

「・・・そろそろ行くか。滝村さんも待ってることだし」

俺たちはつぐみ寮を後にし、その石段を下り始めた。



「201、200、199・・・」

いつもは増えていく数字が今日は一つずつ減っていく。しかもゆっくりと。

「・・・・・・」

俺はそんな宮の後をいつもならあり得ないスピードで歩いていく。

「170、169、168・・・」

宮は俺の前を歩いているため、表情を見ることは出来ない。
笑っているのだろうか、それとも―――

「うわっと」

思わず石段を踏み外しかけた。

「・・・先輩、ボーっと歩いちゃ駄目ですよ」
「宮に言われるようじゃいけないな。それで今何段降りた?」
「・・・109です、ちょうど半分です」
「もう半分も降りてきたのか・・・」

再び歩こうとしたら、宮はそこで立ち止まっていた。

「先輩」
「何だ?」
「つぐみ寮ってホントにいいところでしたね」
「・・・ああ。俺たちが初めて出会った場所だからな」

ここが無かったら、宮と出会うことも無かっただろう。
そして宮が来なかったら、つぐみ寮は無かったのかもしれない。

「もし先輩に会ってなかったらここの寮には入ってなかったかも知れませんね」
「その発言をプラスに受け取っていいんだろうな?」
「それは先輩の都合のいいように取ってもらってかまいませんよ」
「だったら俺の都合のいいように取らせてもらうからな」
「はい、いいですよ」

前を向くと、再び歩き出・・・そうとした。

「先輩、今何段降りましたか?」
「半分だったな」
「・・・私、もう一回最初から数えてます!」
「あっ、ちょっと待て・・・」

俺の言葉を聞く前にさっさと登っていってしまった。
まるで何処かで見た光景だな。

「・・・まあ滝村さん、気長に待っててください」

この階段の先にいるであろう執事にあらかじめ断りをいれ、宮の後をついていった。







たった200ちょっとの階段を下りるのにどれだけ時間がかかっただろうか。
そして、それはもうあと10段しか残っていない。
その下には滝村さんが車と共に宮が来るのを待っていた。

「・・・・・・9、・・・8」

1段1段踏みしめながら降りていく。
そのスピードは最初の頃より更に遅くなっていた。

「・・・6、・・・5」

俺は宮の隣で一緒に同じスピードで降りていく。

「・・・4、・・・3、・・・・・・2」
「お嬢様、お待ちしておりました」

滝村さんが声を掛けてきた。
六条家の執事であるこの人にしたら、宮を少しでも早く俺から話したいからだろう。

「滝村さん、ちょっと待ってください」

宮に近づいてきた滝村さんに俺は声を掛けた。

「何ですか? 今更お嬢さんを連れて帰ることに反対されても困ります」
「そうじゃないですよ、ただ今から宮と二人で話がしたいので車の中で待っててくれませんか?」
「・・・先輩?」
「まだ石段は残り2段あります。まだ宮の『夏休み』は終わってませんのでいいですよね?」

そう、このつぐみ寮の石段を下りきったときが『夏休み』の終わりである。
滝村さんはそんな俺の考えに一応の納得をしてくれたのか、

「・・・そうですね、では車の中で待っていますので」

そういって車の中に入った。
まあ、実際は聞いているのかもしれないけど、別に問題はないし。

「おい宮」
「な、何ですか先輩?」
「俺と離れることが寂しいか?」
「そ、そんなの先輩に言う必要ありませんよ」
「んじゃ、寂しくないのか?」
「寂しいに決まってるじゃないですか!」

宮の目には涙が浮かんでいた。
さっきまで必死に我慢していたのだろう。本当に可愛い奴だな。
思わず抱きしめてしまった。
まあ、まだ『夏休み』だしこのくらいは許してくれますよね?

「宮、俺との賭けのこともちろん覚えてるよな?」
「はい・・・」
「だったらいい」
「ってそれだけですか!?
さっきの私の涙を返してくださいよ!」

宮が泣きながら笑っていた。
俺はこいつの笑顔が本当に好きなんだな。

「それじゃああと2段・・・一緒に降りるぞ」
「・・・はいっ」

流れていた涙を拭いて、一緒に降りる。

「「1!・・・」」

あと1段・・・

「宮」
「今度は何ですか」

さっきのことがあったからか、少しふてくされながらこっちを見ている。

「次の夏休みのこと、忘れるなよ」
「! ・・・も、もちろん忘れません」
「俺に賭けで負けたことも忘れるなよ」
「わ、忘れませんよ」
「俺のこと、忘れんなよ」
「・・・忘れるわけ、ないじゃないですか。忘れることなんて出来ませんよ・・・」

せっかく我慢して止めていた涙が溢れてかけていた。

「そんなことを聞くなんて先輩はずるいですよ・・・」

俺の胸に宮の顔がうずくまっていた。

「俺はお前を再会するため、お前と次の夏休みを過ごすために全力で頑張ってみせる」
「う、うぅ・・・」
「宮がこの島から遠く離れても、お前のことを思い続けてやる」
「せ、せんぱぁ〜い・・・」
「お前は俺とのことを諦めずにいればいい」
「そ、それだけでいいんですか?」

キョトンとした顔をしながら見上げていた。

「それだけだ。でも大変だぞ。きっと六条家では味方がいないんだぞ。
・・・それでも頑張れるか?」
「も、もちろんです! 私は先輩の奴隷ですから!
先輩が頑張れと言ったら頑張るんです」

宮の顔を涙でくしゃくしゃにしながら、笑っていた。
さっきより強く宮を抱きしめる。

「これは俺からの命令だからな。・・・絶対に守れよ!」
「・・・はい。先輩も絶対に私を連れに来てくださいよ」

俺は無言で、しかし力強く頷いた。
俺と宮はお互いを見て、

同時に最後に一歩を降りた。




「お嬢様のこと、ここまで送ってもらってありがとうございます」
「大したことはしてないので気にしなくていいですよ。
それに俺がしたかったからしたんですよ」

俺の言葉

「では、もう二度と会うことはないと思いますが・・・」

俺のほうを見ながら滝村さんが挨拶をしていった。
それは俺をこれ以後、二度と宮と会わせないと考える執事の顔だった。

「そうですか。まあ、俺はそんな気は全然ありませんけどね」

俺の言葉には何も返さず、車に乗り込んでいった。

「宮」
「先輩・・・」

宮は車の中でも泣いていた。

「出来れば笑顔で見送らせてくれ」
「せんぱぁい・・・」
「またな、宮」
「・・・はい」

再会を信じ、俺たちは離れていった。



宮を乗せた車が遠ざかっていく。

「・・・・・・ちっ」

思わず舌打ちをしていた。

「まだ別れたばかりだぞ。今からこんなんで大丈夫なのかよ・・・」

俺はその言葉を俺自身に言っていた。
そんな俺の目からは一筋の涙が流れかけていた。
が、すぐにふき取った。

「さてと・・・」

俺もつぐみ寮を後にすることにした。
最後まで残っていた住人として。
これからもつぐみ寮を守っていく住人として。














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